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分析家の独り言 335 (自分を解放し自分を生きる)

娘に「ベットを買い換えるから、ついて来て欲しい」と言われ、一緒に家具屋さんに出かけた。

あれこれ悩みながら、娘の希望にそうベットを注文し、届くのを楽しみに待っている。

娘が言った、「今のベット、小学生の時から使ってるから、もう10年になる」

「家具も10年使えばもういいでしょう」と。

私は、「ふーん、家具って10年使えばいいのか」と思った。

人によってその基準はちがうだろうが、娘はそう思っているらしい。

私は、戦中戦後の物のない時代を生きた両親に、「物は大事に使えるだけ使え」というメッセージを受けて来たために、娘のように「家具は10年使えばいい」という考えはなかった。

少々古くなっても、痛んでも、使えるうちは使う、私は親や祖母からそう教えられてきた。

特に明治生まれの祖母に育てられ、家は裕福でもなく、祖母も両親も質素倹約と言えば聞こえはいいが、その中で育った私でさえ、ケチな人達と思っていた。

子ども時代に染み付いたもの=親からのメッセージ、親の価値観などは、今も私の中にある。

私は壊れるまで使う、まだ使えるのに買い換えることはあまりしない。

それはものを大事にするというより、やはりケチなだけなのでは・・・。

それも程度もので、少しは生活を楽しむことも大事だと思う。

50年余り生きてきて、私の人生はどうだっただろう。

あまりにも節約・倹約に重きを置きすぎていなかったか。

自分を解放し、たまには羽目を外し、楽しんできただろうかと自分に問ってみた。

ほとんどしてきていないだろう。

根底にいつも不安を抱えて生きていた。

安心と安全の中で守られたという想いもなく、自分で自分を守るしかなかった子ども時代。

成人になってもその延長上を歩いていた。

そんな私がやっと自分の感覚を大事にし、自分として歩いている。

この間、大学時代の友人達と集まり、たわいのない話をする中で、ある一人が「昔、マコ(私のあだ名)によく、ご飯残して目つぶれるでと言われた」と言った。

言われてハッとした、それも私の親が私によく言っていたセリフだったろうと。

程度を越して、ひつこいくらいに言われていた気がする。

でも、もうそこにはいない、親の呪縛から逃れた私で良かった。

しかしまだ自分では気づいていない親のメッセージがあるだろう。

それに縛られて生きるのはやめて、私は私として生きる。


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